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サハリンへの旅②(「青のはて」紀行):無事帰国しました [てがみ座「青のはて」]

ただいまです。
9月15日新千歳空港からサハリンに発って、本日帰ってきました。
行きたい場所へ、行き着くことが出来ました。

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たくさんのことを感じて……
それは行かなくてはわからなかったことばかりで、
どういう形で物語に昇華していくかはこれからが勝負なのですが、
でも、行けて良かった。
行って良かった。
胸がギュッと掴まれるような瞬間がたくさんありました。
日本、のことに思いを巡らせる時間だったのかもしれません。

今回のサハリンは樺太と呼ばれていたサハリンの南側を中心に日本統治時代の面影を巡る旅でした。

でも、言葉で書くと、どんどん遠くなっていってしまうような気がする。
感じてきたことは、ものすごく素朴なことの数々です。

どう考えたか、というのは今はまだ乗り換え途中の空港なので
防備録として、普通の旅行記を書きますね。

サハリンはツアー旅行というのはあまりなく
個人旅行で、オプションでツアーガイドをつける、というやり方が一般的なようです。
でも今回は、旅費を安くあげるために、とことんまでオプションを外しました。
結局ガイドをお願いしたのは1日のみ。
あとはすべて自力で回る、自力でどうにかする、というコンセプトの旅。

ユジノサハリンスクには両替所もないため、当座の現金として、
日本にいるうちに4泊5日分として3万円分(9,800ルーブル)を両替していきました。
ロシアはバウチャーシステムのため、ホテルの滞在費は既に払い込んであります。
なので、このお金の中にはホテル代は入っていません。
(でも結局はかなり余りました。6,500ルーブルくらいしか使わなかったかな)
ロシア語は分からず。行く前に「挨拶」と「ありがとう」だけ覚えていった、というレベル。
それでも、個々のコミュニケーション能力によるのかもしれないけれど
不都合は感じませんでした。
乗り換えや税関等は、表示が読めないと恐ろしいけれど、
(これは本当に読めないので、旅慣れている人のフィーリングや何かがなければ
そういう公共機関の表示は単語チェックしていった方がいいかもしれません)
そういう部分がガイドブックでクリアができれば、
街中は挨拶とジェスチャーと日本語混じりの英語でどうにかなった感じです。
たぶん「これひとつ」とか「これいくら?」とかは
シチュエーションとジェスチャーで何語で言ったって意味は通じるのだろうな。

サハリンに行ってみて率直に感じたのは、
素朴な温かさ。
そして、どこか懐かしい感じ。
のんびりとした人々。
日本の田舎の雰囲気と似ている。

石油のパイプライン開発でサハリン州が潤っていて、
仕事もそれなりにあり、生活がそこまできつくないのか
人々もどこかしらゆったりして、おだやかに生活しているようでした。
居る中で少しずつ、サハリンのいまが分かってきたように思います。

日本人に慣れているか、というと、そういうのは意外なほど全くないの。
旅行中日本人に会うこともほとんどなかったし
それもビジネス以外の目的の日本人、若手なんて街中では皆無。
(空港で農業研修の先生引率の学生グループがいましたが)
街でもホテルでも歩くだけで「日本人だ」と見られたりもした。
もっと日本人に対して耐性があるかと勝手に想像していたので
どうしてこうなのか分からなかったけれど居るうちに謎が解けました。

ちょうど滞在したときが、9月13日~15日まで、サハリン州全体で
「州成立65周年」を祝うフェスティバルをしていたんだ。
街頭のあちこちで、「65」を祝うペナントが貼られ
州立の建物や映画館の前庭なんかで、野外劇やコンサートライブが開催されていました。
その中で、このサハリン州を物語る歴史劇を野外で演じていたんだけれど
今、ここに生きて生活している人たちは、
日本やロシアが撤退したあとに移住してきた方たちが大多数を占めているようです。
ガイドの方に聞いたら、100種類以上の民族がこのサハリン州にいまいるとのこと。
「移民の島」だと言っていました。

サハリンというところは
ロシアにとっても「辺境の地」とされているくらい田舎というイメージのようです。
ロシアのひとは、サハリンは「トナカイに乗って生活していると思ってる」とのこと。
文字通り田舎というのもあるのだろうな。
ロシア本国よりも、おそらくのんびりしているのだろうと思う。
移民の島という通り、「郷土意識」というのが、このサハリン以外を指さないようです。
もしくは100種以上のそれぞれのルーツを。
だから一つの大きなナショナル意識というのとは全く違うようです。
そこが行ってみて初めて分かったこと。

野外劇でも、日本のことが語られるのだろうかと思っていたら
その戦争の歴史のブロックは詳細は全く語られていなかった。
「アイヌ人などの原住民の時代→ロシア流刑地時代(チェーホフが「サハリン島」のルポを執筆)
→長い戦争の時代を超えて→移民たちが来た今」

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という形で描かれていました。
だから日本への個人的な感情を持っているひとも、少ない。日本人に会ったことがある人も少ない。
もしかしたら日本が統治していた時代があることを知らないひともいるかもしれない。
「空いたところに移り住んできた、そして今がある」
今のサハリンの歴史というのは、本当に「州成立65周年」というように
65年前から始まっている、という人々の認識。そこから新しいサハリンを自分たちで創ってきた、
そういう自信や誇りからくる穏やかさ……というのかな。
過去の悲しみや痛みではなく、移民として移り住んできた自分たちが築いてきた暮らしを見る。
そんな落ち着きを感じました。

移民の島、それがサハリンの今。
本当に沢山の民族が歩いてる。アジア系も韓国人や朝鮮人や中国人……。
それでも、歩いていると「日本人だ」と特異な目で見られる。
日本人がそれほど珍しい場所になっているんだな、と感じました。

それでも、地層を見るように
街を見ると、そこここに歴史の地層、記憶の地層が見える。
日本統治時代の痕跡も。
それは、ユジノサハリンスクからホルムスク(旧真岡)やストラドゥプスコエ(旧栄浜)の方が色濃く感じます。
二つの街で旧王子製紙工場の工場も見てきました。

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新千歳空港からなんとフライト45分でユジノサハリンスクに着いてしまいました。
それでも時差は2時間。1時間の時差にサマータイムが足されて2時間です。
本当は宗谷海峡を渡るフェリールートを取りたかったのだけれど日程の都合でどうしても合わず
新千歳空港からユジノへ直接向かうルートを選択しました。

ユジノサハリンスクの空港。
空港は、旅行者だけではなく見送りでもただ用事がある人でもすべて入場に手に持つチェックがあります。
空港や飛行機、(それだけじゃなく電車や線路も)ロシアの法律で写真を撮ることを禁じられています。
今でも写真を撮ろうとすると、怒られました。
これは札幌の新千歳空港で撮った機体の写真です。
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空港前は、埃っぽいロータリーで、
バスもタクシー乗り場もよく分からず……。
案内板も出て居らず「適当」に車が散らばって停まっているといった感じです。

「TAXI」表示もなにもない車のロシア系のおじちゃんが「TAXI?」と近づいてきて、乗れよと。
いくら?と聞くと「500」と。
まあ、大丈夫そうな様子の方だったのでホテルまで頼みました。
あとで調べましたが相場的にはだいたい400ルーブルくらいのようです。
でもまあ、100ルーブル(=300円)ですのでね、このくらいは折り込み済みというか。
500で行ってもらいました。

ホテルは、「サハリン・サッポロ」でした。
これは立地がとにかくいいところ。レーニン広場のすぐ近くに面していて
旧豊原時代の目抜き通りの中央にあるようなホテルです。
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ほかにもガガーリン公園の近くにあるグレードの高いホテル等もありましたが
立地がいいというのはなんにしても本当に便利。
これから行く方には、自信を持ってこのホテルを勧めます。
中級の中では高めだけれど、部屋も広いし机もあるし、ベッドも広い。
日本語は通じないけど、スタッフの感じはいい。タオルもありましたよ!
スーパーも近くにあります。

ユジノサハリンスク(旧豊原)は日本時代に州都として栄え、
札幌の町並みをそのまま参照して縦横に区画整理して作られた町です。
戦争後も、道幅は少しは広くなったようですが、区画はそのまま。
だからレーニン広場を起点として縦横に区画が走っていて
しばらく歩いて居るとなんとなく土地勘がついてきます。
区画はそのままに、建物だけが替わっている、という街並。
これは日本で言うところの銀座にあたる地点で最も美しい通りですが、
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通りに面してない裏側は、
彩色はされておらず、壁も崩れているところが多いです。道もたいていぬかるんでいます。
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通りに面した建物の奧隣からは、こういうアパートが立ち並んでいます。
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写真と文章ではなかなか、ここが樺太だったことは伝えられないかもしれません。
それでも、この広い街路に大胆に張り巡らされた電線が、すごく心に残りました。
この電線を見たときに、ああ、この街は樺太だったんだ……と一番最初に強く強く感じた。
この景色が、私が樺太と「出会えた」瞬間のものです。

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じゃあ、乗り換えの時刻が近づいてきました。
詳細リポートはまた追って書いていきますね!

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コメント 1

YOK

サハリンの写真、素敵でした♪

現地での心情や街の様子をもっと読んでみたいです :-)
by YOK (2016-02-13 22:07) 

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